古川 翻訳工房 Übersetzungen Deutsch-Englisch-Japanisch
ドイツニュースダイジェスト2006年7月号掲載
「ドイツ人と仲良く付き合う」
Nr 1  けんかを売られた?

  困っているドイツ人に親切のつもりで融通をきかせてあげたのに、逆に文句をいわれてしまったとき、あなたならどうしますか? 感情でも、意見でも、フィルターなしのストレートな表現を「正直」「誠意」とする風潮があるドイツですが、ものすごい剣幕で文句を言われたら、日本人ならやっぱり傷つきますよね。 特に感情面から攻め込まれると、理不尽な駄々だろうがなんだろうが、とにかく動揺してしまうもの。 ドイツ人同士ではお互い、どうやって折り合いをつけているのでしょう? あるとき、バスに乗っていて目撃したドイツ人同士のやりとりをご紹介しましょう。

  バスが停留所から発進した直後に、交差点の向こうから手を振りながらひとりの中年女性が走ってきた。 バスは女性を無視していったん発進したものの、10メートルほど先の信号で停車。 運転手は、遅れてきた女性のためにわざわざ扉を開けてあげた。 するとその女性は開口一番、いかにも不服そうに言い放った。 「私が向こうで手を振っているのが見えたのに、どうして待っててくれないの!」
  面白かったのはその先のやりとりで、運転手がすかさず一言 「あなたはもっと早く家を出るべきでしたね。」女性の剣幕から察して、こんな言い方をしたらこれはもう完全に売り言葉に買い言葉になると思いきや・・・女性は「Sie haben ja so rech!(あなたは本当に正しい)」と満面の笑みを浮かべ、大きくため息をつきながら席についた。かくして一件落着。 ふたりとも落ち着いて、車内には和やかな雰囲気が戻っていた。

   この例をみてもわかるように、ドイツでは文句をいわれて納得ができなかったら、責められたほうは相手の気持ちを汲んだりする前に、まずは理屈で責任関係をはっきりさせると、意外にうまくいくのです。 人の気持ちを汲んであげることはいいことだけれど、特に親しい間柄でもなければ、優先させるべきは「社会や公共のルール」。 一見杓子定規で融通性のないドイツ人気質を証明しているように思えますが、日本とは違って、すべての隣国と陸続きで、しかも地方分権でこれといった「文化の中心」となる都市もなく、いろいろな価値観や文化背景、行動規範をもった人々が大昔から東西南北行き交ってきたドイツならではの生活の知恵、と言えるかも知れません。

   相手が感情的にアピールしてきたら、あっさりと自分の責任と相手の責任をしきってしまうことが解決の秘訣です。 「気持ちの上で甘えられない関係」 であることが判明すれば、たいていの相手なら、正論を述べればそこで退いてくれるでしょう。 こんなときに、相手の「気持ちレベル」の議論に乗ってしまったら、もはや筋は通せません。 そのドイツ人と一緒に、人柄や倫理、時代や文化の背景についてまで、とことん得体の知れない論争の泥沼にはまってしまう危険もあります。

   こうした対応は、会社の部下や取引先に「泣き」を入れられたときも、ご近所にクレームをつけられたときにも応用できます。 まず、相手が「気持ち」や「倫理」で責めてきたら、ひとまず「正論」で返して、土俵をはっきりさせてみてください。 相手の心情に配慮する意思があることを示す前に、冷静に(だからといって冷たくするわけではなく)落ち着いた声で、まず、あなたの職務、法律、常識的な行動基準はどうなっているのか、はっきり示してみましょう。 はっきりと一線を引いてから、どこまで譲れるか、話し合えばいいのです。

   逆に、自分が文句をいう立場で、相手に「なんて不親切なの」という不満がある場合、相手が冷たく「正論」を返してきても逆上しないこと。 話はそこから始まります。 このような場合は、「もちろんあなたは正しい。でもあなたには、そのルールを拡大解釈する権限があるのでは?」というような切り口で、働きかけてみるのもひとつのコツです。 もちろん、相手は頑なに意見を譲ってくれないかもしれないし、もし相手のいっていることに矛盾があれば、激しい議論を覚悟で矛盾を指摘し、徹底的に闘うこともときには必要かもしれません。 でも問題が心情問題に限られている場合は、おどろおどろしい争いの深みにはまる前に、上記の女性のように「Sie haben recht!」とあっさり諦め、にこにこ、さばさばするのが一番健康的な対応でしょう。

今週のひとこと Sie haben ja so recht!
   言い放ってから、派手なため息か深呼吸をします。この表現は冷たく「仕切られた後」をフォローするときによく使われ、「そりゃああなたの言い分はごもっともだけれど、本当に災難で、そのあたりまえの」ことができなかった。もういやになっちゃう」といった含みがあります。相手に情がありそうなときには、その先にaber(でもねぇ・・・)と続けて、さらに自分の言い分をアピールし、相手の説得を試みる会話に発展させることもできます。